日月神社
造式・大舟谷・矢指戸
歴史
当社の由緒については、古老の口碑として(「大原町誌」)伝えられる事柄を要約すると、昔、日本武尊が東征の折、この丘上で、土民多数と昇る朝日を拝したので、土民が小祠を建て「日の大神」を祭った。またその後、貞観年間に「月の神」を祭り、合わせて日月の宮と称した。これが、日月神社の始めでこの地を日月谷と呼んでいる。
同時に祠を建てて尊及び武甕槌命を祭ったが、これが瀧内神社(大井)並びに鹿島神社(貝須賀)であるという。この三社を、古来上座三社または単にカミとも称して、今なお三社行事を同じくし相援け相親しむ風が残っている。
同時に祠を建てて尊及び武甕槌命を祭ったが、これが瀧内神社(大井)並びに鹿島神社(貝須賀)であるという。この三社を、古来上座三社または単にカミとも称して、今なお三社行事を同じくし相援け相親しむ風が残っている。
住所 |
〒298-0004
いすみ市大原3760 |
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案内図 |