岩船地蔵尊

いわふねじぞうそん

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岩船地蔵尊縁起

岩船地蔵尊は、昔、『大和国飛鳥の里、春日の宮に安置されていたものを、730年前の第91代御宇多天皇の建治元年(1275)9月、時の中納言藤原兼貞卿が、感ずるところあり、ご本尊および75柱の霊神を奉じ、東国辺土遊航の途中、図らずも台風に遭い、一同船中で一心に尊像を念じたところ、不思議やしばらくして、当浦(当時小千谷村)釣師に漂着し、一漁夫の助力により安らかに上陸することが出来た。
朝になり風雨が静まると、船は大きな岩の船と化して海上に浮かび、また尊体安置を示唆する霊岩も同時に出現したので、兼貞卿はその奇瑞(ふしぎなめでたいしるし)に感じて里人と相談し、この地に堂宇を建立した』と伝えられています。
この時から、小千谷村は岩船村と呼ばれるようになり、地蔵尊のご利益顕著なことが広く人々に知られ、あまねく四方に響きわたりました。以来七百有余年、今では海上安全・五穀豊穣・諸願成就の守り本尊として近郷の人々の信仰を集めております。
地蔵尊ご本尊は寄木造り、像高33センチメートル、室町期の作(町指定文化財)縁日は毎年8月23・24日両日

岩船八幡神社 七十五座神事について

75座上陸を裏づける神事(町無形文化財)が八幡神社に伝わっています。これは9月の町秋祭りの初日9月23日、神輿渡御に先立って行われますが、概要は次のとおりです。
昔、75座を供応した故事そのままに、岩船でとれた食事の材料を各戸から出し合い、75膳を用意して神殿に供える儀式です。当時、神々が最初に立ち寄ったとされる中の谷の「源兵衛」家(当主 浅野与四郎氏)主掌のもと献膳がなされ、式終了後神輿の村廻りとなります。そして最後に上陸地釣師の台上に神輿が安置され、神官の祝詞ののち神輿は他社の待つ大原へ向かいます。
☆『75膳』を用意する各家の分担 ごはん  4集落(岡谷・舟谷・中谷・三十根)から各2戸計8戸の家が輪番。お櫃で早朝に神社へ お箸 下三台の「伝左衛門」家(斉藤さき氏) 生もち 下三台の「次兵衛」家(斉藤清一氏) 生鰹節 下三台の「次兵衛」家(斉藤清一氏) 生なす 杉 山の「久兵衛」家(荘司尚男氏) 生ひじき 三十根の「宇衛門」家(浅野良明氏) 三十根の「同新宅」家(浅野 正氏) 

サーフポイント近し
住所
〒298-0011
いすみ市岩船
案内図
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